カナモジカイフォント

カナモジカイフォント

カナモジカイ由来のフォントは3年ほど前に作り、ウェブフォント化しましたが、今回新たにリニューアルしました。

カタカナを横書きするという発想は江戸時代中期、新井白石によって既に考案されていましたが大正〜昭和初期にカナモジカイ有志によってデザインされていたカタカナの一部をベースに令和流にアレンジ、平仮名を新たに作成し、復刻しました。カナモジカイとは日本語の漢字を廃止してカタカナだけの表記に統一しようと提唱した大正期に設立された団体です。

カナモジカイ

カタカナはカナモジカイ 当時は字体同士をくっつける考え方でもう少し字詰めされていましたが、漢字との組み合わせの字組みを考慮しカタカナと平仮名は6割の等幅、拗音は4.5割にしてあります。欧文は横幅50%半角等幅にし、金額表示などが必要なメニュー作成に重宝するように考えてあります。
カナモジカイフォント

仮名だけで表記したときでも読みやすくなるように欧文同様ウエセンとシタセン、上枝、下枝(欧文でいうところのアセンダーディセンダー)の概念を取り入れ、横書きの時に英文のように上下の強弱によって人間の眼が字体を認識する考え方を取り入れた独特のフォントです。一見読みにくいような気がしますがこれが慣れれば高速に読むことができるフォントでもあります。あと、現代の多くの仮名のように四角の中に整いすぎてしまった綺麗な字体にはない独特のゴツゴツしたデザインが日本語らしからぬ雰囲気をまとう個性的なフォントでもあります。
カナモジカイ フォント

昭和中頃のワープロ発明以前に日本語入力機器として実用化されていた和文カナタイプライター書体にもこの考え方を持つカタカナデザインは継承されました。また、当時の平仮名タイプライターは端正に整いデザインされすぎてしまったため、カタカナ同様欧文的な古い考え方で設計しております。
カナモジカイ フォント

カナモジカイの資料は全てカタカナで書かれているもの、漢字交じりのものがあります。時代が新しくなると平仮名で書かれたものもありますが、平仮名に関しては綺麗に整いすぎているため、私はあえてカタカナの上線、下線の概念で作っています。縦組みにも対応するようにしています。
カナモジカイ フォント縦組み

カナモジカイの小冊子「カナノヒカリ」は内容が興味深いものが多いです。画像サンプルにしている文章は昭和34年頃の松坂忠則氏の講演会の話をカタカナで書き起こしたものをリライトしています。松坂忠則さんは「ツル」字体を考案したカナモジカイの重鎮です。その「ツル」の設計概念はのちのミキイサムさんへ継承されています。次に講演会全文を記します。

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カナモジ〜字体の足跡/松坂忠則(マツサカタダノリ)

新井白石は国字問題の最初の言い出し人であるのみならず、横書きカタカナを主張した最初の人でもあると思われるふしがあります。「東音譜」という、白石の著した本の中に、支那のキンプ(コトノ ガクフ)の書き著し方は日本のカタカナと似ている。日本のカタカナをああいう風に書いたらいいと思うというようなことを書いております。偶然にも同じ時代に、無相文雄(ムソウ ブンユウ)という発音の方の学者が、カタカナばかりを使って書く面白い方法を自分の本の中に発表しています。これはカタカナで一目に読む書き方を具体的に示した最初の文献だと思います。これは朝鮮の文字の「ハングル」から思いついたものかもしれません。

明治に入りまして、カナモジ運動というのが起りましたけれども、最初は平仮名縦書きの運動が主でありましたところが、もう既にカナの会ができました明治15-6年頃に、平仮名では駄目だという意見、カタカナでなければという意見がちょいちょい現れています。また、それとは別に、当時一流の学者たち、井上哲次郎博士などが、日本語にもっとも適する新しい字を考えた方がいいんだということを主張しました。それで、我こそその発明者の名誉を担おうと考えたのでありましょう、明治の中頃には随分たくさんのいわゆる新国字の発表が出てくる。これは今でも例えば石原忍さんとか、そのほか幾人か新国字を唱えている人がありますが、明治の中頃には、もっとも盛んに新国字が現れたのであります。
石原忍カタカナ

けれどももっと後になりますと、新国字というものは、それを受け入れる地盤がないから駄目だということがわかってきた。大正時代の中村 春二先生、この人は今日の成蹊学園の創立者ですが、この中村さんの運動を最後にして、平仮名の運動は終わってしまう。

このように平仮名が駄目だということになり、それから新国字でも駄目だということから、新しい考えが生まれてきました。平仮名が持っていることの強みは、世の中で知っている文字だという点です。これは大事なことです。それから新国字によって、横書きが良いことがわかった。さらに言葉の形を組み合わせることのできるものでなければならないといったことがだんだんわかってきたのです。そしてここに必然的にカタカナ横書きという考えが強く出てきたのであります。既に明治19年に、末松謙澄博士がこれを詳しく論じています。しかし、その後長い間格別発展しなかった。

山下芳太郎先生が横書きカタカナを主張したことは、ちょっと考えると山下先生だけの考案であるかのように見えるけれども、実はそういう長い間の歴史的な歩みがあって、生まれるべくしてうまれてきたものなのであります。このことは山下先生の手柄を打ち消すわけでもなんでもない。むしろ山下先生が歴史的な役割を正しく果たしたことを裏書きするのであります。

山下先生は、実業家であったせいもありましょうけれども、世の中の受け入れる基盤ということを非常に重く考えたために、ほとんど在来通りの形のカタカナを、ただ僅かに横にくっつく程度に縦長に作ったという位のところで最初出発をした。ところがそれではすらすら読めない(サシエ1)。それでいろいろ工夫を重ねていったのでありますが、どうしてもうまくいかん。そのうちに平尾善治という人が、たまたま山下先生が重役をしておられた住友に勤めていました。この人は設計家であったので、この人に頼んで作ってもらったのが 平尾式という字体あります(サシエ2)。
カナモジカイ松坂忠則講演会

これは今日ではあまり見かけることのない文字ですが、平尾さんの考えは、なるべくレンガのような四角な文字を作ることです。それによって完全に各々の文字を繋ぐという考えです。さらに文字は線で表すものだという常識を打ち破って、平面で組み立てるという考え方に立ったものであります。

密着は確かにするのでありますが、しかしこれは評判が悪かった。それは理詰めに言えば、こういうことだったと思うのであります。
我々は線を認識することの方が面を認識するよりは容易である。少なくとも文字というものは線から成り立つものだという考えに合わないものだったと思います。

それでこれではどうも評判が悪いというので、山下さんはその次に、当時内閣の印刷局長をしておりました池田敬八さんに相談されました。池田さんは山下さんの説に共鳴されて、それでは自分の所の活字の専門の設計家に設計させようということで、池田さんが命じられたのが猿橋福太郎さんという方であります。猿橋式というのが、その方の考案のものであります(サシエ3)。
サルハシシキ

これも何通りかありますが、猿橋さんの最初の考え方は、ローマ字がそうしてああいうようによく密着するかということから、それは一つにはセリフの働きであるという風に考えたのであります。つまりはhだのmだのの下の水平線が、桶の箍(タガ)の役目をする。だからカタカナにもセリフをつけなければならないと考えたのであります。

セリフは確かに文字と文字を結ぶ作用をするのでありますけれども、カタカナにセリフをつけるとこれまでの形から変わりすぎるということで、評判が悪かった。それで猿橋さん自身もお終いにはセリフをとりました。けれどももう一つ猿橋さんの考えかたで非常に敬服しましたことは、各々の文字の特徴をはっきり表そうとしたことであります。それは文字を見やすくする他に言葉の形の特徴にもなるのであります。ところがこれまたあまり極端に走るとかけ離れる。つまりいわゆる2立背反であります。仮名を使うということは、誰もが知っている文字だという特色を活かすということであるが、しかしながらみんなが今まで見慣れておる形のままの仮名を書くというと、山下さんが最初に経験したような誤形〜読みができないものになる。昔のままの形ではいけないが、変わりすぎてもいけない。そのいわば山脈の大連たいに行かなければならない。どっちの方にも偏らない尾根の線を発見しなければならないのであります。

この後のことは、私自身のことに関わるので甚だ申しにくいのでありますが、一応自分の足跡を申し上げます。私が最初に試みたのは「ツル」という字体であります。その後もいくつも作りました。またその後は幸いにミキイサムさんが私をさらに乗り越えて立派なものをどんどん作ってくださっております。そしてミキさんの守っておられる根本の原則も、私が作りました原則そのままであります。

それは第一にはセリフに変わる要素を取り入れる問題であります。私もセリフをやめて、「上線」を設けました。これはサンスクリットからヒントを得たものであります。セリフよりはむしろこの「上線」に倣うことによって、無理のない形で桶を結ぶ箍を絡げる役目を果たすことができるのです(サシエ4)。
カナモジカイ

それからそれを補うものとして「中線」の原則を設けました。文字によってはこの要素のない字もあります。けれども例えば「ワ」なら、この左の垂直線をどこまで伸ばすかということは、この「中線」に揃えることにする。また例えば「ス」の終わりの線を「中線」の高さから出す。このようにしていけば、いろんな文字にこの要素を役立てることができる訳であります。

それから下に出す字でありますけれども、タイプライタなどでも下に飛び出した線はよく消えてしまう。そのために特にリボンの幅を広くするとか、色々不便が伴う。ローマ字では、今では善かれ悪しかれ、下に飛び出した足を切るわけにいかない。けれども、カナモジは元来そういう足は無いんだから、何もローマ字の真似をして出さなくてもいいじゃ無いかと私は考えたのです。足を出すことはスチックネーが唱えた上半分だけで読めるという形ということから言っても役に立たない。できれば下に出す文字は何も無いようにしたかったのですが、如何せん「リ」だけは幅が狭いものですから、下に伸ばさないと、非常に困る。それで「リ」だけは例外として出しております。そのような細かなものは色々ありますが、略します。それよりも根本的な問題として、私がやってきたことは、在来の形そのものではもちろんいかんけれども、在来の形が持っている所の、いわば人間ならめいめいの顔の違いという風な個性というもの、これは守らなければならんということです。例えば松坂という個人の顔は、笑ったり、怒ったりする顔にすることはできる。けれども、あくまでもそれは松坂である。という範囲にとどまる。字体をいじることも、いじりすぎて松坂でない顔にしてはいけないと思うのであります。

このような考えのために、私の字は平凡になったのであり、したがって、進歩させたのではなく、後ずさりさせたのだと言えないことも無いのであります。けれども、私は何もいつまでもこの字体を使うべきだとは思っていません。こういうことはそうせっかちにやってもいけない。仮にもっともっと変えるべきであるとしたところで、これは長い時間をかけて、無理なく変わるようにすべきであります。個人が勝手にいじって、それを天下に押し付けるようなことは、やるべきでない。やったって、できるものでは無いと、私は考えているのであります。
(このお話は1959年3月10日、モトヤ東京支社でおこなったカナノユウベでなされたものです)

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そんな当時の考え方を継承して作ったフォント、「ヒカリノカナ」です。
カナモジカイフォント

漢字全角に対して、仮名は横幅60%のコンデンス、欧文数字は半角等幅で作っています。数字には謄写版時代の手書きの要素を取り入れ、欧文は特にカーニング調整せずとも等幅で美しく文字組みされるように仮名と漢字混じりになった時に最適化デザインしています。漢字は第二水準まで収録し、縦組み日本語にも完全対応しています。
カナモジカイフォント

角、丸、融、荒の4種類あります。

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