ヘルベチカが世界中で愛されている、広まっているわけ
※「ヘルベチカの本」はザグリ珈琲店主の著書です。
「ヘルベチカ」という有名なアルファベット書体があります。名前は聞いた事がなくても、誰もが毎日どこかで目にしているかもしれない↑この欧文書体です。多くの世界的な有名企業から、アパレル会社、自動車会社、日本でも大企業のロゴなどにその原型が見てとれるものがあります。
ヘルベチカは「かっこいい、洗練された、未来的」な印象を受ける書体です。元はノイエハースグロテスクといい1957年にスイスの活字鋳造会社ハース(1580年〜1989年)のエドアルド・ホフマン(Eduard Hoffmann)とマックス・ミーティンガー(Max Miedinger)という2人の人物を中心に作られました。実に50年以上も前にデザインされた書体なのです。その原型をたどると、19世紀のグロテスク体などと呼ばれる書体がベースになっており、それらの字体を元にデザインあるいはアレンジされて作られました。
そういう意味で当初はノイエ(新しい)ハース社のグロテスクと発表されましたが後に、ラテン語で「スイス連邦(Confoederatio Helvetica)」を表す、「ヘルベチカ(Helvetica)」という名前になりました。ヘルベチカは50〜60年代、金属活字が主流の時代に世界的に売り出されてどんどん広まっていきました。
なぜ、広まったのかという理由ですが商業的に成功したのはもちろんですが、例えば、日本のデザイン界ではカラス口を使って、手描きでロゴのレタリングをしていた時代。そんな時に突如出現した「ヘルベチカ」で並べると、いとも簡単におしゃれな未来的なデザインが自在にできてしまうのです。当時のデザイナーさんたちはさぞ驚きだったことでしょう。
私は60年代生まれなので子供の頃、お気に入りのカセットテープにタイトルを書きたい時、身近にあったインスタントレタリングという転写シールを使っていました。その書体がヘルベチカでした。ほかにも書体はあったかもしれません無意識のうちに選んだのはヘルベチカだったような気がします。これを使って一文字づつ転写していくとプロ並みにかっこいい文字組みになってしまうのでした。子供ながらに自分で書いたへたくそなレタリング文字と比べて感心したものです。
ところがそれは実は、デザイナーや子供の頃の私がデザインしたものではなくヘルベチカがデザインしていたのです。正確にはヘルベチカの作者あるいは19世紀の人がデザインしているのかもしれません。並べる人にとっては誰が作ったかはまったく意識せず、かっこいいから、綺麗にデザインできるからにほかなりません。80年代には、マッキントッシュというコンピューターに、フォントとしてバンドルされました。今ほどフォントの種類がない環境でしたがヘルベチカで文字組みした覚えがあります。そんなマックを手にしたDTPデザイナーの間で、世界的に広まっていったのでしょう。ヘルベチカは、かっこいいロゴを自動的にデザインしてくれる救世主とも言えるのです。
実際に、ヘルベチカ・ボールドという書体を線画化して分析してみると下の絵のように、大文字、小文字それぞれが「斜め線、縦横直線」「楕円+直線」など、同じグループの字体でエレメントがほぼ完全に揃っていることがわかります。もちろんカーニング情報も緻密に設計されているので、ページ冒頭の「Helvetica」のように、ただ文字を組んだだけでもバランスよくかっこよく見えるわけです。
レタリングの時代のようにデザイナーが自分ではロゴを描きおこすことの少なくなった今、
「かっこいいか、かっこ悪いか」
「読みやすいか、読みづらいか」
を基準にパソコンの中で自然に選んでいるのがフォントでありそのバランスが優れているのがヘルベチカという書体なのかもしれません。
雑誌Real Design2011年へのヘルベチカ寄稿記事
私が『ヘルベチカの本』を出したのは、2005年なんですが、その当時ヘルベチカを扱った本は『HELVETICA HOMAGE TO TYPEFACE:(ヘルベチカ:タイプフェイスへのオマージュ/ラーズ・ミュラー著)』が唯一の存在といった状況でした。
HELVETICA HOMAGE TO TYPEFACE:手前初版はハードカバー、奥の重版はソフトカバー。
初版はミシン線入り袋とじ仕様、重版は袋とじなし。
要するによく見る書体だけれども、どんな歴史があって、どんな経緯で作られたかといった詳細については謎の書体、というイメージだったわけです。
その後年に映画『ヘルベチカ〜世界を魅了する書体〜(ゲーリ・ハストウィットによるドキュメンタリー/角川エンタテイメント)』がDVD化されて、それとほぼ同時期にヘルベチカの展示会が原宿のラフォーレミュージアムで開催されたりもしました。こうした流れの中で、日本でもデザイナーの間でヘルベチカ熱に火が付いてきたわけです。
そして、2010年『ヘルベチカ・フォーエバータイプフェイスを超えて(ヴィクトル・マルシー著・小泉均監修)』という本が出て、この本がヘルベチカのそれまで謎とされていた部分を、かなり詳細に解き明かしました。この本は、日本語訳も出ていますので興味のある方は、ぜひ一読されるといいと思います。
ヘルベチカが今でもこれだけ人気となっている最大の理由は、なんといってもかっこよさ、『文字を組んだだけでそれなりに見えてしまう』という要素によるところが大きいと思います。実際に解析してみると「斜め線、縦横直線」「楕円+直線」など、同じグループの文字でエレメントが完璧に揃っていることがわかるんですね。もちろんカーニング(字間)情報もかなり緻密に計算されている。だからこそ、ただ組んだだけでもかっこよく見えるわけです。
1960年代のパナソニックロゴ意匠図面
元々ヘルベチカには年代に海外で大流行して、国内でもデザイナーが手描きでレタリングしていたという歴史がありますが、それがのちにインスタント・レタリング、インレタができたことで、一般の人たちの間にも広く普及しました(代前後の方ならカセットテープのインデックス作りなどでインレタに親しみがあると思います)。それともうひとつ。年に登場したマッキントッシュにヘルベチカのレギュラー体とボールド体がバンドルされていたというのも大きかったと思います。デザイナーを始めとするマックユーザーは、最初からヘルベチカという書体に親しんでいたんですね。フォントが日本人にとってのお米のような存在だとすれば、ヘルベチカは間違いなく『フォント界のコシヒカリ』。そう思って見ると、かなりわかりやすいです。(談)
ヘルベチカの活字も近年の写植に比べて美しい。細かい活字ほど文字間が空けられており読みやすさにも配慮。関連本としてカールゲルストナー著デザイニングプログラムやグリッドシステムなどの資料があります。
ヘルベチカの本 The Helvetica Book
2005年の著作です。ヘルベチカについての当時の見解や資料などを紹介しています。当時国内外のヘルベチカ書体に関わる方達へのインタビューや資料協力を仰ぎ、2005年当時(*)の貴重な現存資料を元にヘルベチカ書体の足跡を辿った本です。デジタルではないヘルベチカ活字資料を正確に忠実に再現複製もしています。
ミューラーブロックマン、カールゲルストナー、ラーズミューラなどヘルベチカに所縁のあるクリエイター達の書籍
ライノタイプ社からヘルベチカの本のために提供を受けたノイエヘルベチカファミリーCD-ROM
台割り〜ヘルベチカの本
00年代にラフォーレ原宿などで行われたヘルベチカ生誕50周年記念イベントへの「ヘルベチカの本」パネル展示。アクチデンツグロテスク、ユニバースとの全グリフ比較図など。
昭和48年ヘルベチカがベースとなったであろう(公式未発表含む)国内外の有名企業などのロゴの検証。
出版社からのコメント デザインに関わる人なら、「ヘルベチカ」というフォントをご存じでしょう。グラフィックデザインの世界だけでなく、ブランドのロゴに使われていたり、各国の道路標識に使われていたり、世界中でもっとも好まれ、使われているフォントといっても過言ではありません。このヘルベチカとはいったいどんなフォントなのかを、その歴史と生い立ち、特徴を、豊富なビジュアルで解説していきます。日本で初めての「ヘルベチカ」の本です。
世界でいちばん有名な欧文書体「ヘルベチカ」のすべて。デザイナーなら誰もが知ってる、誰でも使ってる?!空気のような書体。クセのない書体。それが逆に使いやすくもある書体。でも、ヘルベチカとは一体いつ、誰が、どこで作ったの?そんなあなたの疑問にお答えする、初めての「ヘルベチカ」の本。
著者:大谷秀映/単行本: 127ページ 出版社: エムディエヌコーポレーション (2005/11) ISBN-13: 978-4844358305 発売日: 2005/11
*ヘルベチカについて日本語で書かれた本としてその後2009年に「Helvetica forever ヘルベチカ・フォーエバー -タイプフェイスをこえて-」ヴィクトール・マルシー (著, 編集), 小泉 均 (監修), ラース・ミューラー (編集), 森屋 利夫 (翻訳)が出版されました。小泉 均氏には「ヘルベチカの本」でも貴重な資料協力などいただきましたがヘルベチカ書体についてより理解を深めたいならば「Helvetica forever ヘルベチカ・フォーエバー -タイプフェイスをこえて」を読むことをお勧めします。